長野で、三陸で、十勝で、奈良で、奄美で、最近どうも揺れがちな大地。その震源はあちこちに散らばっているけれど、ニュースなどで必ずといっていいほど出会うのが、「南海トラフ」「日本海溝」という名前。ん?ちょっと待ってください。同じ海底の地形を表す言葉なのに、なぜトラフはカタカナ語で、海溝は日本語で呼ぶのでしょうか。
深海から湧いた小さな疑問を追いかけてスケおじさんを訪ねてみたら、わたしたちが日頃あたりまえに使っている言葉の奥深さが見えてきました。
あたりまえに受け取っていたけど、実は違和感?
スケおじさん、お久しぶりです。
編集長さん、こんにちワーム。
おや。風変わりな帽子をかぶっていらっしゃる。
近ごろ大きな地震が多いので防災意識を高めています!
南海トラフや日本海溝。あちこちムズムズしているのが海底ですから。備えは大事ですよ。
それ!!!
フヵッッ!!
南海トラフと日本海溝。かたや日本語+カタカナ語で、かたやどちらも日本語。それぞれ、対応する日本語と英語があるはずなのに呼び方に統一感がないなって、前から気になってるんです。
ほほーぅ。これはまた、シブいところに目をつけましたね。では私の住む海底のこと、ひとつずつ紐解いていきましょう(ポッ
そもそもトラフとはどんな場所ですか?
トラフは浅くて幅の広い海底の凹地を意味しますよ。日本語では海盆(かいぼん)または舟状(しゅうじょう)海盆と訳されますね。
では海溝はどんな場所を指すのですか?
トラフより深い海底のプレート沈み込み帯にできる、細長くて、深〜い谷ですよ。英語ではtrench(トレンチ)と言いますね。
深海底の地形を表す2つの言葉を整理しておくぞ。
【海盆|trough】
・海溝より浅い海底にできる
・幅の広いお盆のような凹地
・英語の読み方はトラフ
・南海トラフのほか、駿河トラフ、相模トラフなど
【海溝|trench】
・深海底のプレート沈み込み帯にできる
・両側が急斜面の深い谷
・英語の読み方はトレンチ
・日本海溝のほか、千島海溝、伊豆・小笠原海溝など
深海6000メートルより深いか浅いかで、海盆か海溝かを分ける俗説もあるが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の富士原敏也研究員によると「学術的に6000メートルが定義されているわけではない」とのことだぞ。
やっぱり謎深い…。
よく話題に上る南海トラフを南海海盆と言うニュースは見たことがありませんし、日本トレンチとも聞きません。なぜこんな使い分けになったのでしょうか?
そこには、海溝のように深〜い事情がありそうですよ(テレ
いま明かされる、南海トラフの原点
スケおじさんは、どんな“深〜い事情”があるとお考えですか?
まず海盆について事実をお伝えしましょう。いま南海トラフと呼ばれている、駿河湾から日向灘沖にかけての深い谷に、最初についた名前は南海舟状海盆だったのですよ。
え!?最初から南海トラフじゃなかったんですね!
名付け親は、海上保安庁の水路部(※編集部注:現在の海洋情報部)で海を測量していた田山利三郎さんという方ですよ。
1952年出版の「水路要報」に掲載された論文に、田山さんがこう書いているぞ。
—引用—
遠州灘から日向灘に至る間の大陸斜面直下には水深5,000mを超える浅い舟状海盆があり、これが駿河湾の開渠に続いているのが分かる。この舟状海盆(南海舟状海盆と仮称する)はその地理的位置から推して海溝の発達を思わせるべきで琉球海溝の北東方延長と見なされる。

出典:https://dl.ndl.go.jp/pid/3276856/1/6
いつ呼び方が変わったんですか?
私のぐ〜るぐる検索エンジンによると、1970年代には「南海舟状海盆(トラフともいう)」とカッコ書きがされている論文があったようです。
名前がついた約20年後ですね。でも今は南海舟状海盆という表現は見かけませんよね。
実は、今でも南海トラフを「南海舟状海盆」と呼ぶ人たちもいるのですよ。ただ、いつのまにか南海トラフの名前で聞くことが多くなったみたいですね(ニッコリ
スケおじさんの言うとおり、国土地理院の地図には、はっきり「南海舟状海盆」と書いてあるぞ。
これは、陸と海とで統一した地名を決定する公的機関がないため。陸は国土地理院が、海域は海上保安庁がそれぞれ管轄していて、国土地理院は海域に関しては海上保安庁の命名に従っている。つまり、海上保安庁では田山さんが名付けた「南海舟状海盆」が今も現役で使われている。

出典:https://maps.gsi.go.jp/#7/32.759562/134.302368/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1
海上保安庁では伝統が受け継がれているとはいえ、トラフ派が増えた背景が気になります。
南海トラフのあたりは海底の地形がとても複雑ですから。もっと規模の小さい舟状海盆もたくさんあって、それらと少し区別したいと研究者たちは考えたのかもしれません。
英語だと規模に関わらずトラフとしか表現できない地形を、より詳細にことばで表そうとした日本の研究者の心遣いを感じます。
それと、もうひとつ。調査技術が発達して、南海は海溝に近い規模の「プレート沈み込み帯」だと分かってきたようです。それも、舟状海盆という表現が合わないと感じて南海トラフと呼ばれるようになった理由と言えそうです。
さっきの田山さんの論文に、「この舟状海盆(南海舟状海盆と仮称する)はその地理的位置から推して海溝の発達を思わせるべきで」と書いてあります!技術が追いつく前から、すでに見抜いていたんですね。だから仮称に留めたのかも。すごい…..。
地形に忠実な名前をつけるなら、南海トラフは南海海溝と呼ぶべきですが、定着している地名は変えないというルールがありますよ。
フカァ〜……。
ちなみに自身も論文を書く立場から富士原研究員は、日本語で論文を書く時に「舟状海盆」だと長いので、何度も出てくる単語はできるだけ短くしたいという心理もあるのでは、と分析しているぞ。
日本語だから生まれる選択肢
海溝の方はどうですか?トラフのように、日本トレンチと呼ばれることはなかったんでしょうか。
研究界隈では、海溝は迷いなく海溝だとフジワラくんは話していますよ。
文字数がすでに短いからでしょうか。
トレンチという言葉は、トレンチコートだったり、排水のために陸地に掘る溝を指したり、いろんな意味で使われることが関係しているのでしょう。
海溝の方が、指すものを限定できるんですね。伝わりやすさを丁寧に考えた使い分けだなぁ。
海溝といえる規模だと分かってきた南海トラフを南海海溝と改名しないことも、伝わりやすさを考えての選択だといえますね(ニッコリ
確かに。1980年代に大阪で生まれたわたしは、幼い頃から「南海トラフ」はそのうち大きな地震が起きるぞと身近な大人たちに刷り込まれて育ちました。その頃にはもう、南海トラフという呼び名が一般家庭にも浸透していたんですよね。
あいまいさをできるだけなくして、何を指しているかみんなが理解できることが大事ですよ。
いろんな言語を取り入れて、同音異義語をたくさん持つ日本語ならでは、だなぁ。
“スケおじさん”も知名度ばつぐんの名前ですから、名付けのお手本にしてくださいよ(テレ
グラグラゆらゆら
!!
わっ地震だ!フカブカ、安全なところに避難しよう!!
フカカカカ!
スケおじさん、ご安全に!
……ちっ。また置いていかれてしまいました。
私は久しぶりに南海トラフさんを訪ねてみるとしましょうか。
みんなも、大きな災害が起きた時には慌てず避難できるように、しっかり備えておくんだぞ。
取材にご協力いただいた、JAMSTECの富士原敏也さん
ありがとうございました!




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