深海から採ってきた泥の断面を調べれば、いつごろ、どんな地震が起きたのか履歴が分かるのだと研究者たちは言う。
そのために、長くて丈夫な筒を海底に刺し、柱状にくり抜いて採取する。このピストンコアラーという手法で採った泥は、「コア試料」と呼ばれている。想像もつかないほどの長い時間、海の底にあったコア試料は、どんな断面をしていて、どんなことを教えてくれるんだろう。船の上で実際に見せてもらった。
深海約5,000メートルから引き揚げる地球の歴史
2025年11月。海洋地球研究船「みらい」の作業デッキに集まったサイエンティストパーティの視線は、うなりをあげて巻き取られていくワイヤーロープに注がれていた。その先には、海底から帰ってきた6メートルのパイプがぶら下がっている。
状態よく泥がみっしり詰まっているかは、引き揚げてみないと分からない。シュレディンガーのコアなのだ。だからこそ、航海中ぜんぶで7回おこなわれたピストンコアラーのたび、文字どおり固唾を飲んで作業を見守る研究者たちにも、貴重な試料を無事に研究者へ届ける使命を背負った乗組員にも、緊張感が満ちていた。

“丈夫で長い筒”ことピストンコアの装置が深海から帰ってきた瞬間
海面からピストンコアの装置が姿を見せる。ビタビタと海水を滴らせている以外は変わらないように見えるが、これまでに幾度も巨大地震を引き起こした日本海溝の泥を採ってきているはず。専用の台車で受け止め、乗組員がワイヤーをひとつづつ外すと、一分の淀みもない連携プレーで調査をサポートする技術者チームの手に渡り、目の前に運ばれてきた。
今からここで、1メートルごとに捌くのだという。なるほど、それもそうか。6メートルのままじゃ、何をするにも大変すぎる。ジュラルミン製の丈夫な筒の中には塩ビチューブが仕込まれているので、これをところてん式に押し出してカットし、天地にフタをしていく。

左側から右側に、ところてん式に押し出されているところ。
6メートル分みっしり中身が詰まっていそうだと分かると、研究者たちの表情がいっそう輝いた。ここにいるのは恐ろしく頭脳明晰な、いわばエリートである。そのエリートたちが揃いも揃って、オオクワガタを見つけた夏の少年みたいな瞳をしている。わたしなどは、「深海底の泥が今、目の前にある」という事実にときめいているが、たぶん彼らはもっと先、いやむしろ何百年、何千年前の景色をまぶたの裏に写している。
研究者たちをこんなに惹きつけるコア試料。早く断面が見たいが、続きはひと晩寝かせてからだそうだ。料理番組のようにはいかないので、待つしかあるまい。出港から数日、鋼鉄のゆりかごに心地よく揺られてスヤッと眠りに引き込まれる日々だったが、その夜はアトラクションめいた大揺れが続いていた。油断するとあらゆる物がズサーッと滑り落ちるので、しまえるものは全部しまって、人間もひと晩の眠りについた。

作業台に縛りつけられた試薬瓶から「解せん……」と聞こえてきそうな気がする。
美しき深海断層の縞しま
翌朝は大シケだった。外に通じる扉のすべてが固く閉ざされる中、作業デッキの端に設けられたラボにサイエンティストパーティが集結する。外を通らなくとも、居住区画からラボにアクセスできる大回りルートがあるのだ。大回りが必要なのは、「むつ」時代に原子炉を積んでいた名残で突破できない隔壁があるからだ。
いよいよ、昨日採れたコア試料の処理が始まる。塩ビチューブに詰まった試料を、どうやって断面が見える状態にするのか。シンプルに、半分にぶった斬るのである。ピストンコアラー界の斬鉄剣とでもいうべき専用の装置で両サイドから塩ビを切り、中の泥は塩ビの切れ目からテグスを通す。切る前には非破壊検査もおこなわれる。ここでも技術者チームが丁寧に作業にあたる。

コア試料が入ったチューブを真っ二つにするために開発された半割器。
「深海の泥の断面を調べれば、いつごろ、どんな地震が起きたのか分かる」。ついに真っ二つになったコア試料との対面を前に、この航海の主席研究者であるJAMSTECの熊衎昕(ション・カンシー)さんの言葉が脳内で再生される。そうは言っても、素人が見て分かるようなもんではないんでしょう…?
半円になったコア試料が作業台に乗せられる。

あきらかに何かしら語りかけてきているコア試料。
え?思ってたより、なんか分かる……!いや、分からないんだけど、何がどうということは何も分からないんだけど、明らかに“何かがあった”んだろうなということが分かる。見るからにつぶつぶしている箇所があるし、色も層によって全然違う。
まず、美しいと思った。この模様をチョコとかにすればいいとすら思った。色鮮やかな惑星チョコがあるように、深海断層の縞しまチョコがあるといい。地層の解説パンフレットを付ければ、億年単位の空想旅行ができるんじゃないか。
そんなことを妄想している間にも、コア試料は表面が整えられ、記録写真ブースでバシバシ撮られ、スケッチされ、顕微鏡で覗かれ…と、研究者から研究者へ送られていく。

JAMSTECと共同研究をおこなう高知大学の面々と台湾大学の学生さんが顕微鏡を覗く。
思ったより“分かる”となると、もっと知りたくなる。嬉しそうに忙しくする研究者たちに、率直に聞いてみた。
「この断面から、どんなことが分かるんですか?」
海底からの声を聴く人びと
「白っぽい砂のところは、おそらく火山の噴火ですね」
そう教えてくれたのは、隣でコアを見ていたJAMSTEC地震火山研究部門 研究員の窪田薫さんだった。窪田さんは乗船後初の食事の際に「毎食平らげてたら太って帰ることになりますよ」と、少なめオーダーの重要性を説いてくれた人でもある。

窪田さんが火山噴火の痕跡だろうと見立てた、砂っぽい部分。
「陸地の山で噴火が起きて、土砂が海に流れ込んでくる。それが潮で沖に運ばれて堆積するんです。成分を調べたり、周辺で起きた噴火の記録と付き合わせたりすると、だいたいの年代が分かります」
陸と海はひとつづきの世界なのだと、あらためて感じさせられる。ひび割れのようなところは、真っ二つにする時にテグスがひっかいた跡だろうか?

地殻変動の痕跡がはっきり残っている。
「こういうのは地震の痕跡ですね」
えー!海底が動いた跡!!こんなにキレイに、はっきりと残ることにも、それをそのまま採ってこられることにも、どちらにも驚く。そうなると、すごく狭い間隔で大地震が起きてませんか?
「船を下りてからしっかり調べないとはっきりしたことは言えませんが、これで300年分くらいかな」
数十センチメートルの幅で、300年分……?つまり、この1メートルの試料だけでも1000年くらいの地球の歴史が詰まってるということになる。単純計算で、今ここに5〜6000年分に相当する地層があるのだ。あまりにスケールが大きい。「わたしが女子高生だったのって、もう四半世紀前なんだ……」とか愕然としている自分の、なんとちっぽけなことか。
船を下りてからの本格的な分析に向けて、コア試料はその後も粛々と処理が施された。真っ二つになった半分は永久保存されるアーカイブのA、もう半分は多分野の研究者がありとあらゆる手法で調べるために切り刻まれるワーキングのWと書かれたラベルがそれぞれ貼られる。どちらの試料も、船から下ろした後は高知県にあるコア研究所の巨大な保管庫に格納される。
1メートルのワーキングコアには、2センチメートル角ほどの小さいプラスチック容器が隙間なく、グイグイ埋め込まれていく。その一つひとつにもラベルが貼られていて、気が遠くなる。いつ、どこで採取した、どの部分の試料なのか。研究とは整理整頓からはじまり、地道でコツコツとした時間を経て蓄積されるものなのだと痛感する。海の上で整理され続けた試料の分析には、年単位の時間がかかるという。

キューブをひとつづつ取り出して、はみ出た泥をヘラで綺麗に整える。
崖地なんかで実際に目にできる、ミルフィーユ模様の地層を調べる地学者がいれば、太陽の光すらも届かない海底の地層を見つめる地学者もいる。今わたしたちが立っているこの地表も、かつては海の底だったのだ。
日常を生きる中で、その事実を意識する場面はそう多くないかもしれない。でも、こうして海に繰り出す人たちを目の前にして、海の中には封じ込められた地球の歴史があるのだと実感する。わたしたちの足元に広がる世界は、広く、深い。
この航海での調査結果から得られた研究成果が届くのを心待ちにしたい。
なかなか目にする機会のない“コア試料の処理”を、写真でたどる記事も公開しました。ぜひあわせてご覧ください。






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