「あっ!もう離れてる!」
サイドデッキに出て出航作業を見守っていた午前8時55分過ぎ。ディーゼル機関をうならせる船と、岸壁とのあいだにのぞく海面がみるみる広がっていく。
1997年の就役から268回目となる最後の研究航海。ほとばしるメモリアル感とは裏腹に、くぐもったエンジン音だけを響かせてスーッと海の上を滑るように清水港を出てからの17日間。引退を直近に控えた海洋地球研究船「みらい」は、どこでなにをしていたのだろう。
研究船ならではの複雑きわまる航跡
2025年11月13日に始まった航海は、「MR25-07」という通称で呼ばれていた。頭のアルファベットは船の名前を表す略表記だ。「MIRAI」から2文字取ってMR。これがほかの船、たとえば深海潜水調査船支援母船「よこすか」ならYKで、地球深部探査船「ちきゅう」ならCKとなる。次の数字は西暦の下2桁で、ハイフンの後はその年の航海順に通し番号がついている。つまりこの最後の航海は、「みらい」にとって2025年の7回目の研究航海だった。
清水港を出たあと、運動部の男子高校生が食べるような量のご飯を2回食べ、寝て起きたら陸はすっかり見えなくなっていた。
「いま福島県沖あたりですよ」
朝食のししゃもを片手に、チョッサーが教えてくれる。チョッサーとはチーフオフィサーが訛った呼び方で、船の中で船長の次にえらい一等航海士のこと。みんなチョッサー、チョッサーと話しかけている。たしかに、勤め先の社長や会長のことを「◯◯さん」とは名前で呼ばない慣わしに覚えがある。
朝食を終えると外に出て、まわりをぐるっと見回してみたけれど、ただただ海と空があるばかりで方角がさっぱり掴めなかった。大きな計器に表示された緯度と経度を見てすぐに現在地が分かるのならば、それはあまりに玄人だ。わたしが住んでいる兵庫県には日本標準時子午線のまち・明石があるが、だからどうということはなく、どっちが縦でどっちが横か、イチかバチかで口にしているくらい緯度と経度の概念があやふやな世界を生きている。
航海中はどこの港にも入らない。17日間ずっと海と空しかない世界を見ていた。
そんな緯度経度音痴のわたしが航海中いつも頼りにしていたのが航跡図だった。たびたび船内ポータルサイトを開いては、今どこにいるのか確かめていた。ジグザグに動いたり、くるっと回ったりしている三陸沖と根室沖が、今回の主な調査ポイントだ。

めっちゃ複雑な動き。特殊な操船技術がいりそう。
この航跡図は航海を終えて駿河湾に帰ってきた時のもの。その瞬間、瞬間はどこにいて、どう動いているのかまったく分からず、後から船が実際に辿った複雑な軌跡を見るたび、「フィギュアスケートしてるみたいだ…」と思うなどしていた。
調べるひとと動かすひと、そしてフカメディア
そんな特殊な船のデッキに立って、何にも遮られることなくどこまでも真っ直ぐ伸びる水平線をひとりで見ていると、そら恐ろしさが迫ってくることもあった。
広大な海にポツンと浮かぶわれわれを地図上に表すならば、きっと爪楊枝のアタマくらいのささやかな点でしかない。通信衛星で常に外部と繋がっているとはいえ、沿岸からはたぶん200km以上は離れている。「もし今ここで不測の事態が起きたら…」なんて“万が一”を想像したところで、この動くアパートみたいな船に命を預けるほかない。
そういう心もとなさを救ってくれたのは、一緒に乗り合っている人たちの存在だった。
乗船者は大きく2つのグループに分けられる。この場所でこんな調査をしたいぞ!という研究課題を持っている研究者・学生たちからなる研究者チームと、その調査をサポートする技術者チーム、計40人のサイエンティストパーティ。そして船の運航に関わる34人の乗組員パーティだ。そこに、どちらでもない75人目のフカメディアが単身で乗り込み、管理上はサイエンティストパーティの一員としてお世話になった。
そして研究者のうち、3分の1くらいは台湾の最高学府の学生さんたちだった。ひとりの例外もなく、中国語と英語のバイリンガル。中には日本語が少しできる人もいたし、他の言語をマスターしているマルチリンガルもいたかもしれない。おのずと、研究者チームの公用語は英語になった。
言語を巧みに使い分ける学生さんと、わたしのために時々翻訳を挟んでくれる日本の研究者のみなさんは地震学や地質学が専門。この航海で取り組む調査は複数あり、それぞれの研究チームが各地から集結していた。
ちなみに航海中は夕食後に毎日、研究者チーム全員が集まって調査の状況をシェアしたり各々が取り組む研究や興味のあることをプレゼンするミーティングが開かれた。英語の授業をおざなりに受けていた30年前のじぶんを、その時しっかりはっきり恨むことになる。全身の毛穴まで使って必死に聞き取ろうとしたけれど、理解できたのは全体の3%くらい。脳の、普段使わない領域が熱くなった。

毎夜のミーティングは大会議室で、例のモアイに見守られながら。
かしこい玉と丈夫で長い筒で震源地を調べる
75人を乗せた「みらい」が向かった三陸沖と根室沖には、それぞれ大きな地震を何度も引き起こしてきた海溝がある。いちばん最近だと2011年に起きた東日本大震災の震源・日本海溝と、たびたび起きる十勝沖地震の震源・千島海溝、その海域での地震に関する調査が最後のミッションだった。
そこで何を、どうやって調べるのか。
ひとつはジュラルミン製の長いパイプで最大5000mより深い海底から泥を採ってくる、「ピストンコア」と呼ばれる手法の調査。ジュラルミンなんて、パカッと開けたら現金がぎっしり詰まってそうな運搬ケースに使われるイメージしかない。とにかく丈夫そうで、たぶん実際にすごく丈夫。今回は6mと8m、2種類の長くて丈夫な筒を船から海底まで下ろすのだそう。5000m、つまり5kmもの距離を下ろしている間に横倒しになったりしないのだろうか。そして、採った泥を調べれば地震の履歴が見えてくるという。どういうこと??

おもりの先に6mのパイプがついたピストンコアラー、スタンバイ中。
もうひとつは、これから起きる地震のデータを録るため海底地震計(OBS:Ocean Bottom Seismograph)を日本海溝の計20箇所に沈めにいくこと。計測機器が耐圧容器で保護されているOBSは丸くて印象的な姿をしている。TBSの日曜劇場『日本沈没ー希望のひとー』では、香川照之さん演じる田所博士とともに何度もオレンジ色のボディが画面に写っていた。
海底に設置したOBSは回収されるまで、地震が起きたらどの地点でどれくらいの規模だったかを自動で記録し続けるのだという。なんというかしこい玉。出航直後に調査概要のさわりを聞いて感じた「かしこさ」が、ほんの一部に過ぎなかったことを後に知ることになる。

出航前、岩壁で積み込みを待つこの陣形は……

しっくり。
ほかにも音波で海底の地形を明らかにする調査や航海中の気象観測など、盛りだくさんのミッションが予定されていた。研究船を動かすために必要な燃料や食糧、多くの人の力を少しもムダにしないよう、緻密にスケジュールされた17日間。
それぞれの調査で何がわかるの?どういうこと?どこがすごい?無限に湧いてくる知的欲求が満たされ続ける、異次元の体験記は別の記事で。




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