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特集:海洋地球研究船「みらい」

「みらい」と「むつ」、ふたつの名前で呼ばれた1隻の船のこと

まもなく姿を消す研究船がある。1997年の就航以来、北極海に南太平洋にと世界中の海を駆けたJAMSTECの海洋地球研究船「みらい」だ。

2025年11月に最後の航海へ出て、28年間の任務を終えたのだけれど、実は30年ほど前に一度、引退した過去を持っている。当時の名前を原子力船「むつ」という。

「みらい」そして「むつ」。ふたつの名前で呼ばれた一隻の船のことを、どうしても伝えたい。

荒波に揉まれ続けた「むつ」時代

のちに「みらい」となる船がこの世に生み出されて、「むつ」の名前がついたのは1960年代のおわりだった。ソ連、アメリカ、西ドイツに続く、世界4番目の非軍用原子力船として実用化の夢を託された船の開発計画は1950年代に動き出し、赤子が立派な大人になるくらいの歳月を経て原子炉を搭載し完成した。

1969年6月 進水式(出典:https://www.jaea.go.jp/04/aomori/nuclear-power-ship/photo.html

ちなみに「むつ」の名前は最初の母港だった大湊港がある青森県むつ市にちなんでいる。“最初の”と付けたということは、母港が変わった歴史があるということだ。1974年8月、試験のため洋上に出た「むつ」だったが、9月1日の試験で放射線漏れが発生した。そんな船に帰ってきてもらっては困ると地元漁業関係者などからの反発があり、事故があった日から50日のあいだ海の上で漂泊する事態に。

燃料や食糧などは補給船からの支援を受けながら、乗組員も「むつ」とともに帰れずにいたという。すったもんだの末に長崎の佐世保で改修工事を受け、しばらく大湊港に留め置かれたのち、同じむつ市の北側に新たに開いた関根浜港へと1988年に母港を移した。ここは現在、「みらい」の母港でもあり、JAMSTECむつ研究所となっている。

「放射線漏れ」と聞くとびっくりするし、大惨事を想像してしまうけれど、核燃料が流出するなど放射性物質が漏れ出した状態を指す「放射能漏れ」とは根本的に違うらしい。ということを、「むつ」について調べ始めてから私自身も理解した。これまで、たった一文字が変わることの意味を意識したことなどなかったし、よほどの興味・関心を持っているか、実務で関わっている人でもない限り、明確に区別できている一般人はそれほどいないだろう。

当時のマスメディアが「むつで放射能漏れ」と一面で報じ、世間に動揺が広がったという。この誤った見出しが、「むつ」に厳しい眼差しが向けられる要因になったとも考えられるが、当時まだ生まれてすらいない、現場も時代背景も知らないわたしがその報道のあり方に言及するのはどこか憚られる。

原子力船の開発という当時の国策の是非をあらためて問う、とか、そこに飛び交ったであろう政治的な思惑を検証する、といったことがしたいわけではない。ただ起こった現実を通して「むつ」という船そのものを見た時、国家の期待を背負った存在から一転して、デモ隊が詰めかけ厄介者のように扱われることになってしまった、どうにもならない報われなさのようなものに気持ちを寄せたくなった。

放射線が漏れた箇所の改修工事を長崎・佐世保で受け、関根浜港へと母港を移した「むつ」は険しい道のりを乗り越えて試験を再開したものの、船を運用し続ける設備投資や管理コストが莫大だったことから実用化を断念。1992年の第4次試験を最後に役目を終えた。

1991年 原子動力で太平洋をゆく「むつ」(出典:https://www.jaea.go.jp/04/aomori/news/news-20200804.html

重くて丈夫な研究船「みらい」への転生

原子動力で地球2周半分の航海をして引退した「むつ」に、思わぬ転機が訪れた。「むつ」の船体を改造して、気象観測装置を備えた研究船へと転生させることが1993年に決まったのだ。1980年代に発生したエルニーニョ現象をきっかけに、地球規模での気候変動への感心が高まったことが背景にある。

改造はなかなか大胆なものだった。原子炉区画の境目で船体を切断して、原子炉部分は吊り上げて撤去。新しく造った船体を船尾側にくっつけたのだ。あの、果物とペンを力づくでくっつける派手なおじさんの姿が浮かんでくる。そういう工事だった。

原子炉区画撤去のため切断される「むつ」(出典:https://www.jaea.go.jp/04/aomori/nuclear-power-ship/images/mutsu00002.mpg

ちなみに撤去された原子炉は、関根浜港のすぐ近くに建てられた「むつ科学技術館」に収容されていて、今でも鉛ガラス越しに見ることができる。使用済み原子炉の実物が展示されているのは世界でもここだけと言われている唯一無二の場所なので、ぜひ行ってほしい。

「むつ科学技術館」に展示されている原子炉。区画ごと保管されているので、船の中にいる感覚になった。

つまり前半分が「むつ」、後ろ半分が新しい船というハイブリッドな船体を持つのが「みらい」なのだ。船首の船名が書かれたところによーく目を凝らすと、「むつ」と書かれていた痕跡が残っている。これはあえて残したとも言われている。「むつ」の報われなさを晴らすように、「みらい」は28年間で地球58周分に相当する航海をして大活躍した。

うっすらと浮かびあがる「むつ MUTSU」の文字

引退した船に大規模な改造を施して研究船へと転用した例は、世界的にもほとんどない。異例とも言える珍しい措置がとられたのは、「むつ」が原子炉を搭載するため頑丈に設計されていたゆえ。一般的な船よりも厚く、重く造られた船体は外洋での長期航海にうってつけだったし、タイミングも含めてニーズが折り合った。

実際、「みらい」はどんな船でしたか?と研究者や船員の方々に聞くと、誰もが重くて丈夫だと言う。最後の研究航海に乗船したJAMSTEC海域地震火山部門上席研究員の金松敏也さんは「ずいぶん昔、ものすごいシケの夜にドーン!とすごい波音がして恐ろしかったですけどね、耐えた。立派な船ですよ」と、その夜を今見ているような目をして話してくれた。

いちど出港すれば長い時間を過ごすことになる船に愛着が湧くのはきっと自然なことで、他の船だって同じように大切に思う人がいるのだろう。けれど、かつては厄介者のように扱われた船がとびきり愛されているのを目の当たりにできたのは、ひときわ嬉しかった。

「みらい」とフカメディア

わたしが「むつ」について深く調べ、「みらい」をもっとよく知りたいと思うようになったのは、今から1年ちょっと前。ごく最近のことだ。それまで実際に見たことがなく、取材の機会をじぶんから作ることもなかった。端的にいうと、「そういう船もあるなぁ」くらいの認識だった。

それが急に、「みらい」「みらい」とうわごとのように名前を呼び、関根浜に清水に横浜にと追いかけ、果ては航海に乗せてもらうに至ったのは、かつて大学事務員として働いていた時にお世話になり、退職後ずいぶん経ってから立ち上げたフカメディアを応援してくれているF先生からのメールに書かれたひと言がきっかけだった。

F先生は大気の研究者で、気象観測装置を積んだ「みらい」との縁が深い。メールが届いたのは、「みらい」の後継船として建造が進んでいた「みらいⅡ」の進水式の予定が聞こえはじめた頃。口にすれば叶うとばかりに「みらいⅡの造船現場の取材がしたい」と折に触れて言っていたその頃のわたしに、突然スッと入ってきたのが原子力船という未知の存在だった。

日本が原子炉を動力源とする船を開発していたことすら知らず、調べれば調べるほど、その開発の変遷に翻弄された「むつ」にすっかり惹かれてしまった。

この船は、この船の運航に従事した乗組員の方々は、国策と地域のはざまで何を思っていたのだろう。船という物体に感情を見出すようなしぐさなど感傷的になりすぎていると思われるかもしれない。それでも、「むつ」の面影を色濃く残すこの船体には、何度も塗り重ねられたペンキと一緒に57年という時間が塗り込められている。その在りように触れると、ことばを与えずには落ち着かない。

「むつ」時代からほとんど変わっていない正面からの“顔”

仕事には真面目でありたくて、見られる現場はきちんと見ておきたい。研究航海への同行取材もいつか実現したいと、フカメディアを立ち上げてからずっと思ってきた。その念願が、他でもない「みらい」最後の航海で実現したのは、縁としかいいようのない偶然が重なってのことだった。

F先生の言葉を受け取った時に、わたしは「みらい」のことを伝える役目を背負ったのかもしれないと、まことに勝手かつ僭越ながら感じている。わずか17日間のことではあるけれど、「フカメディア」が最後の研究航海に乗船した意味を、みらい特集として届けたい。

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脈 脈子

脈 脈子

編集長

大阪生まれ、兵庫暮らし。 15年前から脈 脈子と名乗っているが、ミャクミャク様に持っていかれた感のある残念なひと。イカ贔屓。

  1. 「みらい」と「むつ」、ふたつの名前で呼ばれた1隻の船のこと

  2. 動きはじめたフカブカぬい商品化計画|2026.2.14 編集長日記

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