耐圧殻(ヒトが乗るところ)の寿命が見えてきたと話題になっている有人潜水調査船「しんかい6500」だが、それ以上に老朽化がひどい状況だと言われている支援母船「よこすか」。
この船たちも見学できる施設公開イベントが今週末、5月17日にJAMSTEC横須賀本部でおこなわれる(※入場は事前抽選の当選者のみ)。1年ぶりの今回も多数の応募があったとのこと。幸運な当選者の皆さんも、老朽化って実際のとこどうなの?を自身の目で確かめる機会になればと、観察ポイントをお伝えするべくひと足早く潜入してきた。
文字で感じる「よこすか」老朽化の厳しさ
「よこすか」の老朽化は、深海研究をどう次代に繋いでいくかを検討するために設置された会議体「深海探査システム委員会」やその上部組織の「海洋開発分科会」でたびたび報告されている。
あちこちで発生している腐食や減肉、動作不良などのほか、便器から汚水が吹き上がるという、ちょっと想像すらしたくない事態も。

2025年4月17日開催分の報告資料から抜粋(出典: 海洋開発分科会(第73回)配布資料)
ただ文字で見ても、いまひとつピンとこない。目ではどう見えるのだろう。そして、この危機的な状況は、どのくらい切迫したものなのだろう。
「よこすか」に乗るようになって20年以上経つという国立科学博物館の谷さんからは「船体や設備の老朽化の象徴として最近特に船内の臭いがひどい。船としての寿命が尽きつつあることを感じる」との気になる声もあがっている。(出典:https://x.com/kentani07/status/1902530878976487866)
そのあたりを確かめにいざ、「よこすか」に潜入する。

横須賀本部の桟橋に停泊する「よこすか」。左はJAMSTECの川間さん
目に見えた「よこすか」の実情
JAMSTECが保有する船の整備を担当する船舶工務部の川間格部長の案内で、「よこすか」へと乗り込む。川間さんはもともと「しんかい6500」のパイロットだったそうだ。

地面の何かにつまづいた。どんくさい
これが「よこすか」の中……!
興奮が湧き上がってくる一方で、なにか不安感のようなものがじわっと広がる。

通路はすれ違うのがちょっと難しい
「狭いでしょう。天井も低いですよね。1990年にこの船が来た時はこれでなんの問題もなかったんですけど、いちばん新しい船『かいめい』に比べるとものすごく狭い」
川間さんの言うとおり、身長158cmと決して大きくないわたしでも、心身に押し迫ってくる窮屈さを感じる。身体を取り囲まれるような場所は心理的にも逃げ場がなく、本能が嫌うのだろう。
「研究員の居室は10部屋あって、1人部屋が5つ、2人部屋が5つです。運行チームも2人部屋が基本で1人になれる場所がなく、30年前の感覚が今の時代にそぐわなくなってます」

左側が2段ベッドになっている2人部屋。1人部屋を使えるのは主席研究者など限られている
この広さの部屋で、職場の人と2人かぁ……。11平米の中にセミダブルベッドがみっちり詰まったビジネスホテルの部屋で、だいぶ窮屈に過ごして気がおかしくなりかけたのを思い出す。たったひと晩でああなのだから、長く船に滞在する人はたまらないだろうな。
報告資料でも指摘されている、女性用の衛生設備も実際に見てみると「これはしんどいなぁ」と実感がこみあげる。
「最初から各階に女性用のお風呂とトイレを作っておけばよかったんですが、本船はここしかない。造船当時も女性が乗ることは想定されていたんですけど、こんなに増えることは想定されていなかった。これ以上のレイアウト変更は限界、機能が時代に追いついてないんです」
改装して女性用シャワー2台にしたとのことだが、同時に使えば肘がぶつかり合うんじゃないかというサイズ感。ましてや職場の人となると、気疲れしそうだなぁというのが正直な感想だった。

1人用のシャワーを無理くり分割した感じ
船で過ごすうちにある程度は適応するのだろうけれど、いつか「よこすか」に乗船させてもらって研究航海を取材したいと思っていた情熱に、ほんのちょっと迷いが生じてしまった。
「よこすか」は臭うのか
同じフロアのトイレで川間さんの足が止まる。谷さんの言う臭い問題は、おそらくここが発生源だという。入口に立ってみたが、特に臭さは感じない。
「船には縦横に配管が通っています。沖で揺れて傾くと、横に通っている配管の水が排水されずに戻って臭うのかなと思っています。古いから起こってることなのは間違いないです」

ここが“船としての寿命が尽きつつあることを感じ”させるトイレ
今は停泊してるから発動していないだけで、臭い問題の発生源は常に船内にあるのだ。この、臭い中にずっといるというのはなかなかきつい。
以前、白浜のホテルに泊まった時だった。古い建物を改装していて、トイレは各部屋になく共用。これが信じられないほどの刺激臭を放っていた。床が汚れているのではなくて、確実に配管から立ち上ってくる臭気。鼻の粘膜に痛みを感じるほどで、忘れられない記憶として刻まれてしまっている。
この取材から2日後の今日、谷さんに会いに行き、どんな臭いなのか尋ねたところ、バキュームカーから放たれる臭いがずっとしていたとのことだった。そんな「よこすか」はイヤだ。
クラシックを極めつつある「よこすか」
居住区画だけでなく、操舵室でも問題が発生している。
「海底に降りた『しんかい6500』が動くスピードって人が歩くくらい。それを海上でじわーっと動いて追いかけますが、新しい船にはある追尾システムが『よこすか』にはないんです。腕のある船長が機器の間を行き来して、マニュアルで操船しないといけない。改造して追尾システムを積むこともできないんです」

熟練者の腕が必要なクラシック操船システム
人の手を多くかけて動かすことが大前提の仕組みが今の時代にもう合わないのは、どの業界でもそうだろう。職場であり生活の場でもある船の中でも、勤務時間以外はきちんと休むことが求められる時代だし、じゃあ交代要員をたくさん乗せればいいかというと、研究者と船員とで居室のレイアウトからそれぞれの定員が決まっているのでそうもいかない。
そこにはいろいろなジレンマがある。
新しい船はジョイスティック式の操縦桿で360度の操船ができるけど、「よこすか」にはそんなものない
時代も研究も進んでいくから
“老朽化”という文字からは、ボロくて汚くて、みすぼらしい姿を想像していたけれど、実際の「よこすか」は35年が経っているにしては手入れが行き届いていてキレイだった。パッと見て、「うっわ!古い!」とはならない。船員さんたちが日々、細やかなメンテナンスや掃除をしているそうだ。大切に使われているんだなぁ。

4階にあたる船橋甲板フロアにある会議室
部品や船体の劣化も安全に係る問題ではあるが、クラシックになりすぎた操船システムではマンパワーがかかり過ぎて今の時代に求められる働き方に合わなくなったり、船内のレイアウトが前時代的で無理が生じていたり、どんどん進歩していく研究に設備がついていけなくなっていることも由々しき問題なのだ。
報告書を眺めるだけではいまいち深まらなかったことが、自分で見に行けば実感をともなって伝わってきた。他にも見聞きしてきたことや、ここでは触れなかった「しんかい6500」のこと、この数日で急に出てきた後継船新造についてなど、さらに深掘りした記事は後日公開したい。
取り急ぎ、見学の際の一助になればと、現場からお伝えしました。雨予報が出ています。行かれる皆さまは対策をお忘れなく。
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